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にののシステム科学講座

発達障害、家族、生活のあれやこれやをテーマにレポートします。

次女が「ADHD」との診断に至るまで

次女

*今回のブログは備忘録です。

 それまで、夫が「アスペルガー」ではないかと疑い、本で調べた経験があったけれども、自分の子どもが発達障害であるとは考えたこともなく、大きな意味では、子どもたちの育児に困難を感じていませんでしたし(これには後述する幾つかの理由があります)、ましてや「発達障害」であると考えたこともありませんでした。
子供たちに診断がついた今、改めて子どもの発達障害」は、特性に関わる知識を得なければ理解し難い、そして形が見えにくいものであると痛切に思います。

 

3歳児検診(次女3歳0カ月、H26.10.27)

私は主に在宅で仕事をしており、次女は毎日保育園に通園していました。
当時、私は次女の落ち着きのなさ、言葉の遅れはボンヤリと認識していましたが、次女の個性だと考えており、多少の苦労も意に介していませんでした。それには幾つか理由があります。
  • 夫に理解不能レベルで能力の凸凹があったため、人間とは大なり小なり不思議な個性があると変に達観していた。
  • 保育園に預けていたので、他の子との違いを意識する機会が少なかった。
  • 多動性・衝動性から、対象年齢以上の公園の遊具で遊び、使いこなすことができたので、これらの特性を運動能力に長けているゆえの特徴と大雑把に解釈していた。
以上のように、次女には特に大きな問題を感じないまま、3歳児検診を迎えましたが、検診の際提出するアンケートの「3語文を話せる」という部分につき、「はい」の欄に丸を書けなかったことに引っ掛かりを感じました。
 
当日、検診の最後に
保健師「言葉の先生が今日来ているけれど、会っていきますか?」
と言われました。
突然の想像もしたこともない問いかけに、咄嗟に私は
「今日は急いでいる」と答えたところ、
保健師「では半年後にまた来てもらえますか?」
 
帰り道、私は事の次第を整理し「次女が標準よりも明らかに言葉が遅れている」ので検診で声をかけられたとようやく理解し、その晩、市のホームページで「乳幼児発達相談」があることを調べ、翌日には予約しました。
 
↓この頃読んだ本。
高機能自閉症・アスペルガー症候群「その子らしさ」を生かす子育て 改訂版

高機能自閉症・アスペルガー症候群「その子らしさ」を生かす子育て 改訂版

 

 

わが子が発達障害と診断されたら (あんしん子育てすこやか保育ライブラリーspecial)

わが子が発達障害と診断されたら (あんしん子育てすこやか保育ライブラリーspecial)

 

 

 乳幼児発達相談(次女3歳1カ月、H26.11.5)

次女は、20分程度、心理士による検査を受けた後、心理士から言葉を中心に遅れがあると言われたので「発達障害か?」と聞いたところ、「育ちに遅れがある」と言われました。
この時私は、心理士の表情や言い方から次女が「発達障害」であると覚悟し、泣きたい気持ちになったことをよく覚えています。
つまり、心理士は「発達障害」であることは確信しているけれど、医師ではないから診断に関わることを言わなかった。
そして、小学校の特別支援学級が運営する「言葉の教室」と児童精神科医がいる病院を、私に紹介しました。
けれども、「行くか行かないかはあなたの判断」といったニュアンスで言うので、紹介しておきながら何なんだ?とその時は不思議に思いましたが、今思えばいろいろとトラブルを避けるための手法なのでしょう。
 
私は帰ってからすぐに予約の電話をし、「言葉の教室」は12月中旬に、専門医のいる病院へは翌年1月の上旬に予約を取りました(後日受診日は1カ月以上早まりましたが)。
この病院は自宅から遠く、自宅近隣に専門医のいる病院があることは知っていたので、相談の時に、近くの病院にを紹介してもらえないかと尋ねましたが、近くの病院は予約自体が相当困難で、また予約しても1年待ちという話を聞くので紹介できないとのことでした。
 
 
けれども、予約できた病院に問題はないにしろ「予約困難な病院」の方が、総合的に良い医療が受けられるのではと私は考えていました(評判の良い病院に人が集まると、医師が対応しきれず受診制限をするため、予約が取りにくくなるという発想)。
そのため、当面新患受付を停止している「予約困難な病院」のホームページを毎日のように眺めていたところ、ある日新患受付の電話予約日がホームページに公示されました。
 
予約日にはスマホと固定電話の両刀使いで約2時間電話をかけ続け、翌年1月上旬に予約を取ることができました(スマホのリダイヤルは500回以上を記録していたと思います)。
 

初受診(次女3歳1カ月、H26.11.27)

病院では、次女は最初に発達検査(田中ビネー式)を40分程度受け、その後30分程度医師の診察及び検査結果報告を受けました。
  • 検査結果から、精神発達年齢が2歳3カ月。主に言葉の遅れが目立つ。
  • 児童デイサービスでの療育で言葉のやりとり、同年齢との関わり方、行動のコントロールについて学ぶと良い。
  • マイペースでこだわりが強く、検査が途中までしから遂行できなかった。多動、転動が強い。本人の行動に他者が合わせると本人と関係を築くことができる。
  • 病院では、検査・投薬・関係機関との連携が主な役割。
  • あえて診断はしない。まだ幼いので診断が変わる可能性もあり、診断名が大きな意味を持つとは思わない。ただ、仮に診断するなら「広汎性発達障害」「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」。
 
病院へ行くことで、何か大きく前進するような気持ちでいた私は、まだ「発達障害」の扉を開けたに過ぎないことを知り、そして通院することで「発達障害」を善処する訳ではなく、今後療育が必要であることを理解しました。
そして、帰りの車で疲れて眠る次女を眺めながら、これから次女はもちろん私たち家族がこれまでは想像したこともなかった世界に足を踏みいれることを考えると、不安になり、ちょっと泣きました。
 
ここから次の受診まで、いろいろ「発達障害」について調べることで前へ進もうとはしていましたが、捕らえどころのない不安を常に抱えていました。
けれども、ツイッターを始めることを思いつき、始めてから、他にも同じような境遇にある方々を知り、気持ちが落ち着いてきたように思います。

 

二回目の受診〜新たな病院で(次女3歳2カ月、H27.1.8) 

今回の病院は、それこそ「苦労して予約を取った」で、担当医師との相性が合わない場合を除いて、この病院に次女をお願いしようと考えていました。

 病院では受付で生育歴(兼質問票)を書き、その後次女・私たち夫婦は医師と面談を行いました。

そして、医師から診断をするために、発達検査を次回受ける必要があると説明されましたが、次女の様子を観察し、前回受診した病院の「診療情報提供書」を見た医師は「ADHDの可能性がある」と私たちに告げました。

初診日に医師が次女を「ADHD」と見立てたので、次女は「軽度」「グレー」の域ではないんだ...とショックを受けましたが、夫がいる前でそう話して貰えて良かったと思います。

緊張感のある場で夫は話を聞かないと全く話の内容が頭に入りませんし、医師から次女の発達障害について直接聞くことにより、夫は、「発達障害」及び療育の必要性をある程度は理解できたのです。

 

診断(次女3歳4カ月、H27.2.19) 

次女が1月下旬(検査時3歳3カ月)に行ったK式発達検査の結果は次の通りでした。
「全領域」88(2歳10カ月)
「姿勢・運動」96(3歳1カ月)
「認知・適応」101(3歳3カ月)
「言語・社会」75(2歳5カ月)
 
前回の田中ビネー式の発達検査では、次女の発達凸凹の内容がわかりませんでしたが、上記結果から、言語等の大きな遅れがあるものの、認知力は年齢相応であることがわかり、医師からは色の名前を良く知っていると言われました。
(これは、次女がよく見ていた「しまじろう」のDVDの影響ですね)
その他医師からの検査結果報告の内容は前回の病院と大きく変わらず、唯一違った点は「ADHDと診断可能」と言われたことです。
この時点で、私は更に「発達障害」の本を読み、知識を得ていたため、医師が本に書いてあるような一般論しか言わないことに若干の失望を感じ、また次女の今後受けるべき療育に関して医師の役割が一部分に過ぎないことを改めて理解しました(この考えは後日多少変わりますが)。
 
この時、私はどうしても確認したいと思っていたことを医師に質問しました。
発達障害は遺伝するんですか?」
 医師親から遺伝する可能性は高い。アレルギーを持つ人の子どもがアレルギー持ちが多いのと同じ。」
 
この回答から、私は診断のショックを引きずる暇なく、更に夫、私、そして長女に「発達障害」の目を向け、更なる情報・知識を求め走り出します。
 
それはまた、次回のお話。