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にののシステム科学講座

発達障害、家族、生活のあれやこれやをテーマにレポートします。

ASD傾向があって良かったと思うことはあるのか?

はじめに

表題をテーマに思考を巡らすと何かポジティブな発見があるかもしれない可能性にかけて、このお題に挑戦しようと思います。

と言いつつ、このテーマについては、かれこれ5日間程度考えています。

何故ならASD(「自閉症スペクトラム症)傾向があって良かったと思うことなんて何一つ思いつかないのです。

 

私の「生き辛さ」につながる特性

私の特性の中で顕著な点は、
「想像力の欠如」です。
これは、知能検査WAIS-IIIの下位検査の結果で如実に現れていました。
担当医師曰く
「例えば、初めての場所で、全体の状況を読む等、最初に全体像がわかっていないものについて、それが何であるのか想像する力が弱い」
 
そのため、雑談も苦手です。話題となる内容が予め決まっているなら話は別ですが、大概雑談というとのは、多岐に渡ることが多く、努力して会話に参加しても、どうもピント外れな発言をしてしまうこともあるようです。
 
端的に言えば、

空気が読めず、人の気持ちも読めないため、親、友人、上司、同僚etcとの間でトラブルを抱えることが往往にしてあり、今思えば365日毎日年中無休で辛かった時期もありました。

ある程度経験を積み対人トラブルが軽減した今、このような辛い思いは二度としたくない!と思うので、発達障害で良かったことなんて一つもないように思うのです。

 

私の特性のうち、人生にプラスに働いていると思える部分

普段は、上記見出しのようにポジティブなことは一切考えません。ですが、ここで話が繋がるようなことを書かなければ、せっかく立てた表題のゴールが見えないので、あえて書くことにします。
 
これと決めた目標及び興味のあることについては、異常な集中力と行動力をもって取り組むことができる。
 
この結果得られたことは次の通りです。
 
(1)旧帝大に入学できた(但し地方)
 よくある話ですが、私は特性故、20代に転職を繰り返しました。
 しかし、学歴が担保となり、転職先は比較的高倍率の正社員の採用枠に潜り込めたと思います。
 
(2) 予算30万円足らずで2ヶ月間バックパッカーの一人旅をしたことがある
 当時、アジアならともかく、ヨーロッパの滞在はユースホステル等の安宿に泊まったとしても非常に予算は厳しいものでした。そもそも、交通費で3分の1以上は費消していたはずです(7カ国に行きました)。
 そのため、ヨーロッパでは、美味しい食べ物を食べることもできず、ショッピングもせず、ひたすら名所を巡るだけだったので、大して楽しい思い出はありません。 
 けれども、ヨーロッパでギリギリの生活をするという経験は、私の人生に自信と彩りを与えてくれたと思います。
 
(3)「情報を得る」ことが趣味なので、その情報を基に間違いなく、効率的に物事を運ぶことができる
 世の中には様々な情報に溢れていますが、その中から自分のために必要な情報を得るためにはある程度、経験と知識があると有用だと思います。
 私は、大学で主に「テーマに沿って調査をし、レポートにまとめる」という勉強をしたので、そこで情報を得るための手法と情報や資料から物事を分析するという術をある程度身につけることができました。
 そのため、必要であるかはともかく自分の関心事については引き出しは多く、その引き出しを開けたり閉めたり繰り返すことで、私は楽しく有意義な時間を過ごすことができます。
 また、旅行計画を立てること、それに関わる、予約や手配を効率的に行うことが人よりも得意だと思います。

 仮に、これができなかったら「365日毎日年中無休で辛かった時期を乗り切れなかったかもしれません。

 *上記(1)乃至(3)の事項がプラスに働くかどうかは人それぞれで、あくまで私個人の話です。
 

人生山あり谷あり

前半部分で辛い辛いと言っておきながら、後半部分を読むと、結構良い部分もあるのではないか、と思う方もいるかもしれません。

しかし、辛くて暗闇を彷徨いつつも、何とか「人生にプラスに働いていると思える部分」で自分を支えていることもありました。

また、置かれている環境により、「生き辛さ」が増減したり、度々自身の行動力で大きく環境を変えたりするので、「人生山あり谷あり」という言葉があるように「揺れ幅の大きい人生」「波乱に満ちた人生」を送っているように思います(まだアラフォーですが)。

けれども、何も私にASD傾向があるから特別「人生山あり谷あり」である訳ではなく、定型発達者でも「人生山あり谷あり」と感じている人もいると思いますし、俯瞰的に人生を捉えると、定型発達者、発達障害者どちらの人生も、良いこともあれば悪いこともあるように思います。

 

まとめ

やはり、ASD傾向で良かったと思うことは特にないのかもしれません。

そして、一連の考察をした結果、ASD傾向があるから、大変であるとか、できることがあるとか、定型発達者と分けて語ること、語られることに意味はないし、非常に一面的だと感じました。

そもそも、表題のように「ASD傾向があって良かったと思うこと」について考えることは、寧ろやめた方が良いと思います(自分で決めた表題ですが...)。

まして、私の子どもが自身を発達障害であると事実についてのみ着目して「大変だ(辛い)」または「できることがある」とは思って欲しくはないのです。

 

大切なのは発達障害の診断名に関わらず、特性(個性)を理解し、自分の生きやすさのレベルを向上するためのマニュアルを作成することです。

そもそも、定型発達者であっても自身の個性を理解するとより生きやすいのではないでしょうか。

 

「生き辛さ」の度合いによっては、医師による診断を利用して公的機関や社会制度を利用することも必要な場合はあります。そういうことは当然あると思いますし、寧ろ積極的に利用した方が良いと思います。

これは、定型発達者であっても、当然言えることだし、誰でもそういう必要が起こり得ることを自覚し、うまく利用する術を知っておくのも良いことだと思います。

 

結局、誰にだって長い人生において良いこともあれば、悪いこともある。人生いろいろですから、これからたくさんの未来が待っている私の子供たちには、人生を大局的に捉え、逞しく生きていけるよう願っています。