にののシステム科学講座

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自閉症の子の将来を悲観した母親の無理心中事件【続編】〜成年後見制度を考える

前記事では、主に弁護人の尋問にて明らかにされた被告人の過去について触れました。

重度障害児の母親である被告人が数々の辛い経験を積み重ね、娘の将来を悲観するに至った経緯を弁護人の被告人尋問から書き起こした内容でした。

【事件の概要】

平成27年5月27日、被告人(当時65歳)は、自宅アパートの部屋で、自閉症の長女(42歳)の首を包丁で刺して殺害した(詳細は前記事参照)。

自閉症の子の将来を悲観した母親の無理心中事件〜裁判傍聴記 - にののシステム科学講座

 本記事では、最終的に被告人を無理心中へと追い詰めることとなったある出来事=被告人の成年後見就任について、私が本事件の裁判傍聴で聞き取った範囲で書きます。

目次

 

被告人、娘の成年後見人となる

平成22年頃、申立人は娘の成年後見人(法定後見人)となりました。

成年後見制度とは

認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な方々は,不動産や預貯金などの財産を管理したり,身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり,遺産分割の協議をしたりする必要があっても,自分でこれらのことをするのが難しい場合があります。

また、自分に不利益な契約であってもよく判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあうおそれもあります。

このような判断能力の不十分な方々を保護し,支援する制度

参考:法務省:成年後見制度~成年後見登記制度~

なぜ被告人が娘の成年後見人となったか?

それは、娘が叔父の遺産(預金90万円程度)を相続することとなり、叔父を被相続人とする遺産分割協議の協力を弁護士に求められたからです。

 

そのため、被告人は、司法書士成年後見制度の申立依頼をし、申立人は娘の成年後見人となりました。

 

成年後見人の業務

被告人は成年後見人に就任した際、家庭裁判所から

 娘の財産を勝手に借用したり、使い込まないこと

● 本人の支出については領収書を保管して出納帳を付ける

と説明されたと思います。

そのため、被告人は就任後約3年間はノートに娘の出納帳を作成し、領収書を貼付しました。

 

平成26年7月、家庭裁判所から後見事務照会書が届き、娘の財産状況について報告するよう求められました。

しかし、被告人はその提出期限を無視し、その後、家庭裁判所によって再度提出を求められましたが、それも2回提出期限を無視しました。

 

結果、新たに娘の後見人としてB弁護士を選任する審判が決定し、B弁護士が財産管理業務を、被告人が引き続き娘の身上監護(生活全般の手配や契約をすること)を行うことになりました。

*既に成年後見人が選任されている場合でも、家庭裁判所は必要があると認めるときは更に成年後見人を選任することができます(民法843条3項)。 

 

被告人が家庭裁判所に財産状況を報告しなかった理由

被告人は、平成4年に夫を病気で亡くし、以後1月あたり11万円程度の遺族年金で生活していました。

その後、間もなくして実母が脳梗塞で倒れ寝たきりとなり、以後平成21年に亡くなるまで同居による介護生活が続いたようです。

その間、被告人の実父もパーキンソン病となり(平成19年に死亡)入院しました。

また被告人は、平成6年頃より、不眠症、高血圧、橋本病のため、継続的に服薬治療をしており、この間働くことは難しかったと思います。

 

そのため、被告人は夫の死亡時に受け取った保険金や夫の財産を徐々に食いつぶしながら生活をしてきました。

けれども、平成25年頃、夫の財産等を全て費消し、被告人は月11万円の遺族年金収入だけで生活することになりましたが、それでは生活が維持できなくなったようです。

そのため、とうとう被告人は、娘名義の口座にある娘の預金を下ろし、自身の生活費、車検代、借金の返済等に使うようになりました。

 

しかし、被告人は「後見人が娘の財産を使ってはいけない」ということは認識しており、家庭裁判所に娘の財産状況について報告すれば、自分が娘の預貯金を使ったことがばれ、逮捕されると思い怖くなったようです(もちろんこの件で逮捕はされることはない)。

 

不当利得返還等請求訴訟を起こされる

平成27年2月、被告人は娘の後見人B弁護士(財産管理業務担当)に娘の預金約212万円を不正利用したとしてこのお金を娘に返還するよう求める訴え(不当利得返還等請求訴訟)を起こされました 。

 

ちょうどその頃、被告人は親のように慕い、介護も行っていた叔母を亡くし、大きな喪失感を抱えていました。

また、家庭裁判所の後見人業務に関する照会を無視したために、いずれ逮捕されるだろうと怯える日々を過ごしていました。

さらに、平成13年頃から徐々に増えていった約100万円の負債の返済が精神的負担となっていたようです。

 

このような状況のなか、申立人は訴えを起こされたことにより、自分が近い将来必ず逮捕され、今後娘の面倒をみることができなくなると思い込み精神的に追い詰められたのかもしれません(もちろん民事事件なので逮捕されない)。

 

平成27年4月に行われた裁判の口頭弁論期日に被告人は欠席したため、裁判所は被告人が事実を争わないものと判断し、被告人に対し約212万円を娘に返還するよう判決が下りました。

その判決正本が、被告人へ送達されたのが平成27年5月13日。

被告人は同年5月16日(土)にいつも通り、週末を娘と過ごすために娘を施設へ迎えに行きました。

そして、娘は施設に戻ることなく、事件当日(同年5月27日)を迎えたのです。

 

 弁護人による被告人の弁護

B弁護士の訴えに関し、弁護人は「B弁護士の調査不足による事実認定の誤り」があったとして被告人を弁護しました。

(1)B弁護士が被告人と連絡がとれなかった理由

B弁護士は被告人の娘の成年後見に就任した後、被告人と連絡を取るため、複数回被告人に電話をかけたり、手紙を送ったようです。

しかし当時、被告人は娘の預金に手をつけたために逮捕されると思い込み、それを恐れていたため、知らない番号の電話には一切出ませんでした。

また、B弁護士からの手紙は逮捕に関わることに違いないと、被告人は手紙を読んでもB弁護士に連絡をすることはできなかったようです。

 

被告人は逮捕されることによって娘の傍を離れることは絶対にしたくなかった。詳細は前記事)。

 

おそらく、B弁護士は被告人と連絡が取れずやむなく、被告人へ事情を聞かないまま訴え起こしたと思いますが、弁護人はそれを調査不足だと考えたようです。

弁護人いわく、娘の施設に問い合わせれば、被告人が週末に必ず娘と自宅で一緒に過ごすので、毎週ほぼ同じ曜日と時間に施設に訪れることがわかるはずだから、施設で被告人と会うことはいくらでもできたはずだと。

 

(2)被告人が娘の預金を流用した理由

弁護人は、不正利用したとする約212万円のうち、 相当の金額は娘のための支出として認められるべき内容のものであり、B弁護士はそれを明らかにする調査を怠ったと述べました。

 

おそらく、B弁護士も被告人と面談し、被告人の収入状況と娘が自宅で過ごす土日の二日間の生活費は全て被告人が負担していた等の事情を知ることができれば、訴訟を起こすことはなかったと思います。

 

そもそも被告人が最初に財産状況報告を求めた家庭裁判所を恐れずに、約3年間ノートにつけた出納帳を示し、娘の預金を使った理由を説明をできれば一番良かったのですが。

 

被告人は不正利用について訴えられて当然だったのか?

どんなに不正利用が疑わしく、被告人と連絡が取れなかったとしても、B弁護士が被告人を訴えたのは早計に過ぎたと思います。

 

被告人は自閉症の娘の生活を支える大切な役割を担っており、娘にとってなくてはならない存在です。

しかも、その実態については娘の施設に電話一本かけて、娘の担当者に聞けばわかることでした。

そして、一般的に訴訟を起こされればその精神的ダメージは大きく、ましてや被告人のように民事事件と刑事事件の区別がつかず、逮捕されると思い込んでしまう人も少なからずいるのです。

 

もちろん、B弁護士も自分の訴訟行為が引き金となり被告人が娘と無理心中をするとは想像もできなかったでしょうが。

 

成年後見制度のデメリット 

成年後見制度は「判断能力の不十分な人の生活を守り、その人の生活がより豊かなものとなるよう支援する制度」です。

ですが、それを理解しない成年後見人が就任してしまえば、本人にとって何のメリットもありません。

 

本件事件でも、B弁護士が娘の預金を不正利用した疑いのある被告人を調査し、本当に不正利用していれば、そのお金を被告人に返還させるよう動くことは必要なことでした。

しかし、被告人は娘にとって大切な唯一無二の母親という存在です。

その母親が追い詰められることを娘が望んだでしょうか。

誰のための成年後見制度なのか。

本人のための制度に決まっています。

 

被告人が娘の成年後見人となったのは、遺産分割協議に協力するためのことであり、当面日常生活レベルでは必要なかったと思います。

 

特に被告人のように低収入の親は娘の収入と自分の収入を一つと考え、やり繰りしなければ、生活が成り立たなくなってしまう場合もあるかもしれません。

そういった場合に成年後見制度はかえって不便です(本人収入の流用が当然という意味ではありません)。

 

基本的に成年後見人は、本人の支出に関する出納帳の作成と領収の保管が必要です。

となると、大ざっぱな言い方ですが、金銭管理が苦手な人が成年後見人となればその業務が大きな負担となるはずです。

 

このように成年後見制度は本人の判断能力が不十分だから、とりあえず成年後見の申立をしよう!という安易な動機で運用できるものではありません。

そして、家庭裁判所の許可を得なければ、後見人を辞めることもできません。

第2版 家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務 成年後見人・不在者財産管理人・遺産管理人・相続財産管理人・遺言執行者

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おわりに 

本件事件の判決は、懲役12年と客観的にみても重いものでした。 

そもそも被告人は、被告人は死にきれなかったことを悔やみ、死刑と刑罰が下ることを裁判官に望むくらいです。

弁護人に協力する気も殆どなかったようで、弁護人が最善の弁護をすることは厳しい状況にありました。

 

「金銭管理ができない」「借金がある」「後見人なのに娘のお金を流用した」「適切に後見人業務を行わなかった」

確かに被告人が不適切な行動を積み重ねたという事実はありました。

けれども、その点は、もし被告人が早い段階で誰かに相談できたら、または誰かが本人の困り事を察知して支援の手を差し伸べることができれば、いくらでも解決できた問題です。

 

自分で合理的な説明や訴えができなければ、その心情や思いを想像をしてくれさえもしない。

社会的弱者を差別してるようなものだと思わずにはいれらない裁判でした。