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にののシステム科学講座

発達障害、家族、生活のあれやこれやをテーマにレポートします。

自閉症の子の将来を悲観した母親の無理心中事件〜裁判傍聴記

先日、裁判傍聴(札幌地方裁判所裁判員裁判)に行きました。

とても不幸な殺人事件です。自閉症の娘と無理心中をはかった被告人(母親)及び被害者のことを考えて欲しいと思い本記事としました。

目次

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事件の概要

平成27年5月27日、被告人(当時65歳)は、自宅アパートの部屋で、自閉症の長女(42歳)の首を包丁で刺して殺害。

検察官は「被告は無計画に貯金を使い果たして多額の借金を背負い、将来を悲観して娘と無理心中をはかろうとして殺害した。身勝手な犯行で、責任能力にも問題はない」と指摘。
一方、弁護側は「被告は両親の介護や娘の病気と向き合ううちにうつ病をわずらい、犯行時は人を殺すことのよしあしがわからない状態だった」として、被告の責任能力、心身耗弱の程度が本件事件の争点となりました。

 

被告の負債が娘の将来を悲観する理由とはならないこと

被告人に多額の借金があったといっても、適切な対処及び誰かに相談すれば解決できた負債だと思います(但し、誰にも相談できなかった点が問題)。 

そして、被告人が将来を悲観した理由は、被告人尋問や弁護人の話を聞く限り、多額の借金が大きな理由ではありません。

 

借金は、無理心中を現実化する引き金となったに過ぎない(私の見解)。

また、被告人自身は借金で生活に困っていたけれども、娘は仮に被告人の収入がなくとも、自身の障害年金で生計を立てることはできました。

ですから、金銭面に関して娘の将来を悲観しなくても良かった。

 

殺人を肯定する被告人の思い

では、何故娘の将来を悲観したのか?

娘の将来を悲観し、無理心中をはかったのか?

 

公判の被告人尋問で被告人は

「誰に何と言われようと娘をおいていくことは絶対にできなかった」と殺人を肯定しました。

 さらに、被告人は死にきれなかったことを悔やみ、死刑と刑罰が下ることを望みました。

 

娘の意思に関わらず、自分の死と娘の死は被告人の中で同一化してしまっている。

自他の別がついていない状態と言えるかもしれません。

 

 「借金を苦に娘と無理心中を図った身勝手な母親」と被告人を断罪することは簡単です。

目の前に証拠として現れる事実だけで判断するのであれば。

 

公判では、被告人は自分の思いを詳しく語ることはありませんでした。

そして、弁護人との接見の際も、多くは語らなかったようです。

また、公判での検察官による尋問でも無気力な応答をし、簡単に誘導されていました。

 

結果、重い判決が下りました。多くの人々は当然の結果だと思うかもしれない。

「借金は悪」「無理心中は悪」

誰もが知る社会的善悪の範囲内で納まる結果だから。

 

でも、私は本件事件について、被告人が置かれた社会的弱者の立場に立ち、被告人の思いを想像してみたい。

このような不幸な事件は二度と起きて欲しくない。

 

娘に関わる過去の出来事(弁護人による被告人尋問より)

(1)娘の障害の程度と診断
 

1歳の時に「自閉症」との診断。

医師からは「話せるようになるかわからない。学校に行けるかどうかはわからない。」と言われる(当時知的障害児の就学は義務化されていなかった)。

 

診断後、被告人は義父に「うちの家系にはこんな子はいない」と言われ、辛い思いをしたようです。

 
(2)娘に水遊びに関する隣人の反応

被告人の話によれば、娘が幼児の頃、近所の家の玄関先にあったホースで水遊びをしました(水遊びが好きな子どもだった)。 

後日その家の家人から心ない言葉(障害者に対する差別的な発言が書かれていた?)で娘の水遊びを咎める手紙が届いた。

この出来事に、被告人夫婦は大きなショックを受けたそうです。

 

(3)施設での虐待

平成4年頃、被告人は娘の施設で、入所者が職員に足で蹴られているのを目撃しました。 

この職員は、まもなくして施設を退職しましたが、2〜3年前に施設に復職。

 被告人は、この職員が再び入所者に対し虐待行為をするのではないかと心配になり、上記過去の虐待行為について施設長に報告しました。

結果、施設長は被告人に「母さんは一本気だからなぁ」と言うにとどまり、何の対応もしなかった。

そのため、被告人は、自分の報告を知ったこの職員が、娘を虐めないかと常に気にかけるようになりました。

 

以上のように、被告人は施設で暮らす娘が心配でなりませんでしたが、他の施設に移ろうにも定員がいっぱいで、はなから施設の移動は困難だと考えていたようです。

 
(4)知的障害者と同室となった入院中の出来事

平成7年頃、被告人は病気のため入院しました。

病室は大部屋で、同室の入院患者の中に知的障害を持つ女性(「Aさん」と言います。)がいました。

 

Aさんは、カーテンも閉めずに部屋のベットでおまるを使って排泄をしたり等、集団生活にそぐわない行為が日常茶飯事。

被告人は、知的障害を持つAさんを気の毒に思っていましたが、同室の人たちのAさんへの態度はとても冷たく、知的障害者に対する周囲の対応に大きなショックを受けました。

また、Aさんへの面会はたまに来る施設の職員1人だけで、身内の人は誰も面会には来なかった。

面会に来る職員も、Aさんに洗濯物がないかどうか確認するだけですぐ帰ってしまうので、被告人はAさんの境遇に娘の将来を重ね心を痛めたようです。

 

(5)娘と同じ施設で暮らす障害者の境遇

弁護人による被告人尋問より(要約、抜粋有)

弁護人:施設の職員は(証人尋問で)娘さんの面倒を最後までみるって言ったよね?

 

被告人:(被告人の娘と)同じ施設に、お母さんをガンでなくしそれ以来10年以上誰も面会に来たことがないSさんがいる。

私が施設に娘を迎えに行くと施設の窓からいつもじっとこちらを見る。お母さん待っているのかなって。

Sさんのお母さんが亡くなる前に「子どもを残して絶対に死なれない」と泣いていた。

窓から自分を見るSさんが可哀想。誰も(面会に)来ないから。

Sさんには兄妹がいたけど、うつ病になって、マンションから飛び降り自殺した。姉の面倒はみれないって。

 

(6)障害者の子を持つ知人が部屋で亡くなった話

弁護人による被告人尋問より(要約、抜粋有)

弁護人:(娘の)施設に信用が置けないという以前に、(自死することによって)娘を1人残して いけないという思いが強くなったの?

 

被告人:知人が障害を持っている娘と2人暮らしで、その人が部屋で亡くなっている傍で娘が何日かいたのを近所の人が見つけたと聞いた。

それを聞くと、私が死んだら(娘)ひとりどうするんだろうといつも不安だった(娘は言葉を話せないため外部に連絡がとれない)。

朝目が覚めなかったらどうしようって(被告人は高血圧、糖尿病等の治療を受けていた)。

 

被告人の供述から思うこと

以上の通り、尋問での被告人の供述から、私は被告人の娘に対する深い愛情を感じました。

それゆえ、被告人は娘の人権を無視された経験に深く傷つき、また、被告人の周囲の知的障害者が受けた扱いや気の毒な境遇を知ることによって娘の将来を悲観するようになった。

被告人が、自分がいなければ、娘の安寧な生活を守れないと思い込むのも致し方ない側面があるかもしれません。

 

かといって、被告人がどのような酷い体験や見聞をしようと、娘を殺めることは肯定できません。

娘の命の長さを被告人が決めることは過ちです。

  

けれども、障害者の子どもの将来を悲観することは被告人に限らず、同じように重度障害者の保護者であれば少なからずあることかもしれません。

子どもの将来を悲観する日々は、大きなストレスとなり、被告人のように心身の状態が不安定となる方も実際少なくないと思います(弁護人は犯行当時「被告人はうつ症状の影響で心神耗弱状態だった」と主張しました。)

 

相談することができない人たち

障害者の子どもの将来を絶望せずに、子どもが自分の亡き後も、幸せな生活を送れるように心を砕けるか、準備ができるかどうか。

それには、親が「社会的資源(制度、設備、支援機関等)」を積極的に利用し、自分たち親子が社会的に孤立しないように動くことが必要だと思います。

 

具体的に何をすれば良いかというと「誰かに相談する」

これは、案外簡単なように見えて、なかなか出来ない人がいます。

「相談すれば助けて貰えるということを知らない人」、「思い込みが強く、自身の見聞が全てだと思っている人」が一定層いるのです。 

 

そして、人間追い詰められれば追い詰められるほど、誰かに相談するということを思いつかない時があるものです。

 

 このような人たちに、社会福祉の手が、行政の手が速やかに届いてほしいものです。

そして、周囲の人たちは、困っているはずなのに、誰にも相談できない人の思いを想像してあげて欲しい。

そうすることで、困っている人たちを救い出す糸口が見つかるかもしれません。

 

私は相談をするといった手段をとらなかった被告人が気の毒でなりません。

 

判決

裁判長は「無計画な散財によって借金を重ね、娘を道連れに自殺しようとした経緯に同情すべき点は乏しい」と述べ、懲役12年(求刑懲役13年)を言い渡した。

参考:2017.2.20北海道新聞朝刊より

懲役12年は客観的に見て重いと思います。

これについて自分の意見を述べることは長くなったので控えますが、弁護人はおそらく控訴するでしょう。

そして、今なお死を望む被告人が控訴をすることは望まないかもしれませんが、控訴に同意して欲しい。

 

このまま裁判が終わり、服役が始まれば、被告人は娘だけが死んで自分が死ねなかったという後悔の思いのなか生きていくことになります。

でも、それでは理由もわからずに実母に殺された娘さんが報われない。

被告人には、娘の尊い命を奪うことが何故いけなかったのか、娘にとって何が幸せだったのか控訴審を通してもう一度考える時間を持って欲しい。

 

それは私の身勝手な考えなのかもしれませんが。

 

 

 

絶望の裁判所 (講談社現代新書)

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 裁判官にも当たり外れがあります( ボソッ)

【続編】も書きました!!

ninono0412.hatenablog.com