読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

にののシステム科学講座

発達障害、家族、生活のあれやこれやをテーマにレポートします。

「愛情」「子どもへのしつけ・教育」と心理的虐待〜あるバイオリニストの一件から

 

先日、東京新聞が掲載した高島ちさ子さんの子育てコラムについてTwitter上で盛り上がっていました。

togetter.com

Twitterでは、高嶋さんの行為が虐待だと指摘する声が多く、私もゲーム機を壊されたことはなくとも(そもそもゲーム機は買って貰えなかった)、自分の持ち物を親にないがしろにされたことを思い出し、暗鬱な気持ちに。

 

その一方で、高嶋さんがゲーム機を2台も続けざまに壊すことができるのは、

「しょせん財力があるからじゃないの。」と思いました。

私も、彼女のように物を壊したくなるぐらい子どもに対して腹を立てることはある。

でも、私は貧乏性だから、どうしても高価な物は壊せない。

この程度の認識でした。

 

心理的虐待とは

 

アメリカでは通報レベルの心理的虐待とみなされることなんですね。 

 厚生労働省では、心理的虐待を次のように定義しています。

言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV)、きょうだいに虐待行為を行う など

参考:児童虐待の定義と現状 |厚生労働省

 

平成26年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数の内訳(種類別)については、次の通りです。

f:id:ninono0412:20160214210120p:plain

*表は児童虐待の定義と現状 |厚生労働省より

アメリカに比べ心理的虐待への意識は低いには違いありませんが、昔と比べ社会的意識の高まりは出てきているのか、心理的虐待の相談対応件数が総数の4割程度を占め、身体的虐待よりも多い結果となっています。

 

子どもの傷口をアロンアルファでふさぐ親

 

高嶋さんの一件で、過去に読んだ雑誌記事を思い出しました。

ある若手女性バイオリニスト(歳は10台半ば)のインタビュー記事です。

大事なコンクール直前の練習中に指が切れて出血した時に、指導者である母親はその傷口をアロンアルファで止血し、練習を続行させたそうです。

そして、その痛みに耐えて練習を続けた結果、コンクールで優勝したという話でした。

私は彼女の指先の切り傷の痛みを想像することで、練習の厳しさは相当であると感じましたし、アロンアルファで止血をするという方法にドン引きしました。

*調べたところ、止血等に使う医療用アロンアルファというものがあるようですし、家庭用アロンアルファで止血をする人もいるようです(切り傷にはアロンアルファがいいらしい - NAVER まとめ

 

これも、東京新聞の高嶋さんのコラムと同様に美談として取り上げられているんですよね。

けれども大きな違いが一つ。

この話は子どもである当事者から語られています。

母親は自分の良き指導者であるという視点で。

実際、本人が母親に対してどのような思いを持っているのかは記事には直接でてきませんが、母親のスパルタな指導あってこそ、一流の演奏家になれたと読者が考えてもおかしくない記事だと思います。

 

私には、一流の演奏家になるためにどれほどの練習や努力が必要なのか想像もつきませんが、おそらくその女性も幼少期から母親の指導のもと過酷で厳しい練習の日々を重ねてきた。

その日々を私が否定することはできませんが、この話が美談とも思えませんでした。

 

幼い子どもが、母親に一流演奏家を目指す生徒として扱われるのは、母親に甘える子どもの自分を早くから捨てなければ、練習についていけないように思いますし、そうだとすれば何か大きな犠牲を払っているように感じます。

     f:id:ninono0412:20160215202756j:plain

 

子育ての連鎖

 

上記雑誌記事の母親も(元?)バイオリニストだそうです。

もしかしたら、この母親も幼い頃に自分の母親から厳しい指導を受けた経験があり、一流の演奏家となるための子どもへの指導を母親が担うことは、母親の愛情や責任であると思っているかもれない。

 自身の養育環境、親の育児について、自分が受けた影響は大きく、いざ自分が育児をする時にその影響は色んな形で現れやすいと最近感じています。

経験として知っている育児は養育者のそれしかないですし。

 

自分の心にひそむ過去の何かに囚われていれば、子どもの思いを受け取ることは難しいこともあり、子どもとの対話が必要だと思う毎日です。

 

自分も「心理的虐待」をしている可能性

 

子どものための「しつけ・教育」だと思って行うことが実は「心理的虐待」であったり、またはそれに近い行為に繋がる可能性は大いにありそうです。

また、単に自分が感情のコントロールができず、子どもを感情的に怒ったり、無視したりすることを「しつけ」「愛情」だと誤魔化すことも簡単にできる。

 

自問自答してみると、自己愛が強くナルシストな親になっているのでは?と思うところがあり、反省しました。

 

自分が誰かの親になっただけで万能な人間になった訳でもないのに、「愛情」「しつけ」「教育」という言葉を持ち出すことによって、自分の行いを誤魔化したり、美談にしてしまう。

親は子どもにとってずるくてやっかいな人間にいくらでもなれるのだと思います。

毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)

毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)

 

 

おわりに

 

高嶋さんの一件が、子どもに対する「心理的虐待」であるかどうか、このブログ上でどうこう言うつもりはありません。

高嶋さんのお子さんが、自分の親が虐待していると騒がれていることを知ることは残酷に感じます(こうやって記事にしときながら言える立場でもありませんが)。

けれども、過激な育児コラムを載せ、その影響を考えることができなかった東京新聞は今後掲載する記事の内容をもう少し吟味して欲しいと思います。