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にののシステム科学講座

発達障害、家族、生活のあれやこれやをテーマにレポートします。

不登校気味、摂食障害となった中学生時代について「他者視点」・「自尊感情」から考える

知的発達に遅れのない自閉症スペクトラム(ASD)、注意欠陥・多動性障害等の子どもたちの中には、思春期以降に自分のとりまく環境に対して二次障害等不適応的な状態(不登校・いじめ等)になる子がいると思います。

私も中学生時代に不登校気味・摂食障害になった経験があります。

それが発達障害の二次障害であるかどうかは今となってはわかりませんが、私は、今年、医師に自閉症スペクトラムの傾向があると言われたので、そうだったのかもしれません。

ninono0412.hatenablog.com

本記事では、「他者視点」と「自尊感情」をキーワードに摂食障害不登校気味になった自分の中学時代の経験を振り返ってみようと思います。

 

「他者視点」〜自分と周囲との違い

アスペルガータイプの子どもは、周囲と自分との違いに早めに気づくために、自分が「劣っている」と誤解しやすく、それがコンプレックスとなり、自己評価や自尊感情を低下させることになりやすい。

その状態が長く続くと、抑うつ気分が強くなったり、過剰な対人不安や緊張感などを持ったり、不登校に繋がることもある。

周囲から一見適応しているように見えるので、登校を強く促してしまいがちだが、本人は理解されないことでのイライラ感が強まり、親や教師に対して、拒否的になったり、過度に自責的になったり、逆に他罰的になることもある。

参考:児童心理増刊『発達障害のある子の自立に向けた支援』2013年12月号、92−96 

 私は思春期以降、周囲と同じようにクラス内で友人関係を築けない自分をひどく惨めに感じながら毎日を過ごしていました。

「他者視点」〜相手が自分をどう見ているかを推測したり、自分と周囲を比較、評価するといった、自分自身を客観化する視点*1は、持ちはじめていたので、周囲と自分との違いに大きな違和感を持ち、理由はよくわからないけどクラスメイトに疎んじられていることもある程度自覚していました。

発達障害のある子は思春期頃になると,自分は周囲とは何か違う,変だと違和感を持ちながらも,コミュニケーションの苦手さから,他者との関係の中でその不全感を解決することが難しく,かえって孤立感を高めるという悪循環が生じやすい。 

参考:上手由香(2013)思春期における発達障害へ の理解と支援, 安田女子大学紀要, 41, 93- 101

まさに、私の中学生時代↑。

私は常に孤立感から抜け出そうと、互いの共通点や類似性を確かめあい,一体感を確認できるような仲間やグループを探し求めていました。

仲間との一体感を求める気持ちは、私に限らず思春期特有の心の在り方だと思います。

私以外のクラスメイトは、互いの共通点や類似性を確かめ合い一体感を確認できる同士で、友人関係築いているようでした。

けれども私は、自分が思い描くような居心地のよい友人関係を築くことはできませんでした。

自分がどう見られているかの他者視点は育っていても、そこから自分がどのような言動を取ればいいかわかるほど対人スキルは育っておらず、自己理解もしていなかったのです。

実際、自分がコミュニケーションが苦手であることにまるで気づいていませんでした。

それでも、友だちがいない状態は耐えられなかったので、なんとか誰かと繋がろうとはしましたが、結局誰かと繋がってもその居心地の悪さに、自ら繋がりをきってしまうことさえありました...。

この繰り返し。

こうして、不全感とストレスをためていったのでしょう。

 

二次障害と自尊感情

結果、私は摂食障害になったり、不登校気味になったりと心身ともに不適応な状態に。

けれども、このような状態になっていることについて、親や教師、クラスメイトに知られたくないという強い思いがありました。

そのため、問題が表面化しないギリギリのラインを保つことは常に意識していました(摂食障害については通院することになりましたが)。

*「不登校気味」とは、両親が共働きのため日中家族全員が出かけることを利用して、学校には体調不良であると自ら連絡し、親に知られずに月に7〜10日程度学校を計画的に休む状態のことです。

 

支えとなる・信用する大人が誰1人いないなか、よく持ちこたえたと思います。

ギリギリの状態で持ちこたえられた原因は何なのか。

  • マンツーマンでの付き合いなら親しくできる友人はいた。
  • 学業成績が良く、運動もできた。

こんなところでしょうか。

マンツーマンでの付き合いに居心地の悪さはなく、時折別クラスの友だちと遊ぶことはりました。

マンツーマンでの対人スキルはあっても、複数を相手にするとなるとキャパオーバーだったんですね(そのことに全く気づいていませんでしたが…)。

また、クラス内での友人関係が思うように構築できず、基本的自尊感情は削られる毎日だった一方で、私は学業成績が良く、運動ができるという側面がありました。

そのため、「人よりできることがある」と認識する機会に恵まれることにより社会的自尊感情を継続的に持つことができました。

この社会的自尊感情がプライドとなって、不登校気味であったことについては問題が表面化しないギリギリのところで踏みとどまることができたのかもしれません。

基本的自尊感情とは、「生まれてきてよかった」「自分に価値がある」「このままでいい」「自分は自分」と思える感情です。他者との比較ではなく、絶対的かつ無条件的で、根源的で永続性のある感情です。
 
社会的自尊感情とは、「できることがある」「役に立つ」「価値がある」「人より優れている」と思える感情で、他者と比較して得られるもの。相対的、条件的、表面的で際限がなく、一過性の感情です。
 

 以上の中学生時代の経験で、私の基本的自尊感情は大きく削れ、それが将来にわたって影響を残すこととなりました。

その一方で、社会的自尊感情を持つことで、少ない基本的自尊感情を補うことを無意識に覚え、勉学や仕事等に励むことが日常となりました。

これが、ある程度私の将来にプラスになったことがあったのも事実です。

 

おわりに

多感な思春期に悩み通しだった自分を振り返る時、過去の映像と共に当時の感情がリアルに思い出され、今でも胸が痛くなります。
 
悩んでいた時に、良き聞き役となり、自己理解を促してくれる大人がいれば、私は基本的自尊感情を大きく削ることはなかったかもしれません。
 
このような過去を持つゆえ、ASDの診断を持つ長女の思春期を思うと、過去の自分と重ねとても心配になります。
 
もちろん、長女は私とは違い、診断済みのため療育を受けており、支援の体制もある程度整っています。
ですから、長女が思春期になる頃には、支援者と相談しながら診断告知のタイミングを考えたり、長女が自分の特性を理解する手助けができるでしょう。
また、一過性の感情に過ぎないとはいえ、社会的自尊感情を持てるよう、長女の長所または好きなことを伸ばす環境を整えていくことも。
 
思春期の経験が心の基盤を形成すると考えるならば、
長女には思春期に少しでも良い経験を積み、これを将来の礎としてもらいたい。
そう願っています。
 
 

 

*1:児童心理増刊『発達障害のある子の自立に向けた支援』2013年12月号、93頁